「もうお前も俺も50を過ぎたんだから、遊んでばかりおらんとボチボチ毎日をマメに過ごさへんか・・・」ということで、加藤と僕の2人がおもちゃのデザインとからくり人形を製作する「ビーンズ・スタジオ」を立ち上げたのが、2002年の4月の事だった。マメに過ごすからビーンズ。冗談のような会話から出発したビーンズだったが、大阪・梅田阪急百貨店・美術画廊での2人展を皮切りに、翌月には博多の天神にあるタイムズビルでの展覧会、OSAKA 2000 からの招待・・・・。華々しいスタートを切ったのがつい昨日の事のように思い出される。
昔、アメリカに「プッシュピン・スタジオ」という名の芸術集団が存在した。参加していた芸術家たちは、当時の視覚デザインの世界を1歩も2歩もリードしていた面々だったが、さらなる新しい視覚デザインのあり方を世に問うために、プッシュピンはスタートした。加藤はグリコのおまけのデザインを通じて子どもの遊びと文化に関わっていたことから、ビーンズは「世界の子どもたちに美しいデザインのおもちゃを提供する」ことを第一義の目標としていた。「プッシュピンのおもちゃ版がビーンズや!」2人して大いに気勢を上げて酒を飲み交わしたものだ。その活動の拠点として兵庫県の有馬温泉という舞台も用意されていたのだが・・・・
風薫る5月5日子どもの日、「ほな、西田さん後は頼むでぇ」とサッサとどこかに行ってしまった。最後の最後まで加藤らしい・・・。
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