|
有馬温泉は神戸市北区にあります。
神戸は大都市としては世界的にも珍しい地形です。
「神戸のイメージは?」
という問いに多くの人々は“港” や“神戸港” を挙げる人が多い。
港は海抜0m。六甲山は海抜932m。
海抜0mからわずか30分で1.000m級の山に登れる大都市は神戸だけだと思います。
阪神間には日本を代表する、ある産業のメーカーがたくさん集まっています。
それはスポーツ産業です。
日本を代表するスポーツメーカーの本社が阪神間に存在します。その原因の一つに六甲山が日本の近代登山の発祥の地という事に関係があると思います。
神戸港は幕末の慶応3年12月7日(1868年1月1日)に開港しました。開港とともに多くの外国人が神戸を訪れるようになり、1874年ガウランド・アトキンソン・サトウの三人の外国人パーティーがピッケルとナーゲルを用いた近代登山を日本で初めて六甲山で行いました。
六甲山は登山のほかゴルフ・アイススケートも日本で最初に行われた場所です。
当時の外国人は行動エリアが決められていたので、居留地から許された範囲の中に六甲山があった事により、スポーツが盛んになったと考えられます。
六甲山は花崗岩で出来ている崩れやすい山ですが、その六甲山と有馬温泉は強い因果関係があります。六甲山がある事で地質学上、世界的にも稀有な温泉地、有馬温泉が存在します。
花崗岩は約1億年前の(中生代白亜紀)に地下深くで生まれ、第四期六甲変動と呼ばれる地殻変動で六甲山が現在の高さまで隆起しました。
有馬の温泉を語る前に“有馬”とは、元々有間(ありま)と書き、山と山との間。つまり山に囲まれた盆地を指す。という説と、アイヌ語が語源で「火の燃える谷」という説があります。
いずれにしても有馬温泉の有馬は谷間という事になります。有間がいつ頃から有馬になったかは定かではありませんが、悲劇の主人公として有名な「有間の皇子」は、640年孝徳天皇が有馬温泉に滞在中に生まれたので、有間の皇子と名付けられた。
有間の皇子も後には有馬の皇子と表記されることも多い。
六甲山は連山で日本の南の気候と北の気候のちょうど入り混じる所だと言われています。その為に植生が豊かで動植物が多い。とうぜん六甲山には小動物が多く生存していました。その小動物の毛を利用して「有馬筆」がつくられ、有馬温泉の名物だった時代があります。
その後有馬筆の製造技術は広島県に移り、今では化粧品用の筆として世界中の美人に愛用されています。
現在有馬温泉では2社筆屋さんがあり、ひとつは「人形筆」として有馬温泉の工芸品のお土産として販売されています。
|